640px-Marco_Polo,_Il_Milione,_Chapter_CXXIII_and_CXXIV
東方見聞録の写本「Il Milione」
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1: 世界@名無史さん 2009/04/19(日) 01:12:58 0
大航海時代の前でも後でもOK。地球儀の空白を埋めた探検の歴史について。

シボラの七都市、金銀島、エルドラドなど、伝説の土地がどのように生まれ、 実際の探検でどのように消えていったのかも興味深いところです。

くっそぉ日本も鎖国さえしなければ参加できたものを。

4: 世界@名無史さん 2009/04/19(日) 16:40:42 0
フィリピン史上最高の英雄ラプ・ラプ様マンセー

ラプ=ラプ(Lapu-Lapu 1491年-1542年)
16世紀、フィリピンのマクタン島(セブ島の東沖合い)の領主であり、イスラム教徒の部族長。世界一周航海の途上でフィリピンへ来航し、キリスト教への改宗と服従を要求するフェルディナンド・マゼランに対して抵抗し、マクタン島の戦いでマゼラン軍を破った上、マゼランを討ち取った。フィリピンでは民族の誇りを守った国民的英雄とみなされている。

5: 世界@名無史さん 2009/04/19(日) 16:57:57 0
たしかラプラプはキリスト教徒が西回りで地球を一周してきて初めて出くわしたイスラム教徒だったんだな。

東に進んだイスラム教と西に進んだキリスト教が、地球の裏側でがっちんこ。まさに文明の衝突。

148: 世界@名無史さん 2009/09/13(日) 15:02:54 0
>>5
イスラム教徒だからこそ抵抗できたのかもね

なにもしらなかったら改修しちゃう

150: 世界@名無史さん 2009/09/27(日) 12:15:49 0
>>148
英語版Wikipedeiaを見ると、マゼランが最初にキリスト教に改宗させた セブ島の族長ラジャ・フマボンも、イスラム教徒だった可能性がありそう。

ラジャ・フマボンの側にも、キリスト教徒を味方につけて、周辺の族長より優位に立とうという打算があったのだろう。

9: 世界@名無史さん 2009/04/25(土) 16:04:32 0
探検なんて、探検「される」側の原住民にとっては迷惑なものだろうな。

入ってきた連中が新種の疫病をもたらすことだってあるし。

それと、宣教師も探険家の一種と見てもいいかもしれない。

典型的なのがリヴィングストン。

10: 世界@名無史さん 2009/04/26(日) 12:38:22 0
大部分の現地人にとっては迷惑の方が多かっただろうけど、得した人間も少しはいた。

ハワイのカメハメハ大王なんか、どんどん銃器をくれるイギリス船(クックの部下だったバンクーバー船長)のおかげでハワイ統一できたわけだし。

キリスト教布教もマイナス面を見ればきりがないけど、現地の食人や人身御供を止めさせる役割も果たしてるね。

11: 世界@名無史さん 2009/04/27(月) 23:31:57 0
>>10
嘘つきのキリスト教徒よりも正直な人食い人種

12: 世界@名無史さん 2009/04/28(火) 00:00:45 0
>>11
人食い人種に捕まってとろ火で炙られだしたら前言撤回ですか

14: ベム・ウーゴ ◆eaYqa3SeLE 2009/04/28(火) 00:17:20 O
>>12
確か18c-19cブラジルのドイツ人探検家の話だったと思うけど、
あれもインディオの中じゃ取り立てて勇猛果敢な部族に単身乗り込んでったからああなったわけで(自信ないけど)、

食人習慣がある人達も変に刺激しなければそう力で勝る人達に襲いかかってはこないよ

「野蛮な食人」って図式そのものが都合悪い奴等への攻撃のために持ち出されたレッテルだったりするし

17: 世界@名無史さん 2009/04/28(火) 19:58:07 0
>>14
「野蛮な食人」ではなく、食人にもそれなりの文化的背景があるわけだから、まずはそれを尊重して、いたずらに見下すのは避けるべきじゃね?

あと、ヨーロッパ人が初めての土地で現地人とファーストコンタクトって時は、現地人は鉄砲の威力なんか知らないから、けっこう気安く襲ってきているよ。

21: ベム・ウーゴ ◆eaYqa3SeLE 2009/04/29(水) 01:09:25 O
>>17
あ、すいません。「インディオは捕虜を食べる風習(アントロポファジーア)があるから野蛮人どもへの正戦なのだ!」って論理を使い、

そういう文化背景を踏まえてない側からの用法って意味で、鉤括弧付きとしたのです。誤解を招く表現でサーセン。

インディオに釜茹でにされかけたドイツ人探検家(スターデン)の話は16世紀の話でした。申し訳ありません。

鉄砲の話は確かにそうです。

実は探検史には全然詳しくないので、これを機に勉強させてもらいますお

25: 世界@名無史さん 2009/04/29(水) 18:59:29 0
>>21
けどまあ、食人とかの現地の風習を「文化の違い」ってことで全て理解してしまう聖人君子?より、それを口実に侵略を始めたがる人間の方がはるかに多いのが現実かなと。

住人は捕虜を食べたり人の物を勝手に取っていく連中だが、その土地は豊かで天然の資源に恵まれており、ライバル国もその土地を狙っているというような状況で、

出兵の正当化に「原住民は野蛮だから」というレッテルを貼りたくなる誘惑は非常に強いものがあると
思うんだ。

日本の台湾出兵もおおむねそういうもんだしね。

16: 世界@名無史さん 2009/04/28(火) 06:46:13 0
アフリカについて、現地にいる宣教師がいくら事実に即した報告書を送ったとしても、

本国の布教本部や修道会によって、野蛮性を強調した修辞的表現に書き改められることが多かったとか。


アフリカ人、アジア人、アメリカ大陸の先住民のイメージをつくりあげるにあたって、キリスト教会と宣教師の果たした役割がもっと知られてもいいと思うんだけど。

田川建三氏も、良い悪いは別にして、アフリカを最もよく知っている外国人は宣教師である、と書いている。

18: 世界@名無史さん 2009/04/28(火) 22:16:05 0
ヘンリー・モートン・スタンリーの、第四次アフリカ探検の総勢は約700人、

武器としてレミントン・ライフル銃510挺、火薬2トン、雷管35万個、レミントン用弾薬10万発、ウィンチェスター連発銃50挺、5万個の弾薬筒、発明者から進呈されたマキシム機関銃一挺、アフリカ人との交易用として2万7262ヤードの布地、3600万ポンド分のビーズ、さらに石鹸や浴槽等の身の回り品からスタンリーの愛用のフォートナム・メイスン社製の紅茶・コーヒーの嗜好品、およびこれらの運搬用の驢馬40頭。

これだけの規模の武装集団がやってくれば、現地人のほうも警戒心や恐怖心を抱くのでは。

19: 世界@名無史さん 2009/04/28(火) 23:39:05 0
それは探検隊というより侵略軍w

20: 世界@名無史さん 2009/04/29(水) 00:18:52 0
アメリカ大陸そしてアフリカの奥地やオーストラリアやシベリアなど・・・・当時の西洋人の好奇心とか行動力は異常

人類の楽しみである探検というファンタジーを全部独り占めしやがった

ったく日本もチマチマ鎖国何かせずに間宮林蔵のような人物をどんどん支援しておけばな

30: 世界@名無史さん 2009/04/30(木) 08:41:13 0
>>20
>当時の西洋人の好奇心とか行動力は異常

それは単に好奇心だけではなく、キリスト教や啓蒙思想が絡んでいると思われ。

ついでに言うと、日本人も西洋人からみれば探検「される」側、あるいは「啓蒙」してやらねばならない対象。

マシュー・ペリー提督の日本開国から始まって、現在でも日本は外国人を受入れろだの、天皇制を廃止しろだの、お節介な要求をつきつけてくる。

31: 世界@名無史さん 2009/04/30(木) 14:23:24 0
>>30
アイヌ人や琉球人や台湾人から見たニホン人も同類と思われ。

勝手に探検され勝手に教化され勝手に植民され勝手に産業を興され etc.

西洋の帝国主義列強にくらべれば地理的スケールはちっちゃいが。

32: 世界@名無史さん 2009/04/30(木) 14:56:59 0
>>31
チベット人やウイグル人から見た中国人も同類と思われ。

38: 世界@名無史さん 2009/05/24(日) 17:47:05 0
大航海時代の船乗りって、よく生きて帰れるかどうかもわからない航海に出れたと思う。

マゼランの船隊なんか生き残りは10人に1人ぐらい。

いくら香辛料や金銀財宝が手に入ったって、割りにあわない賭けじゃないかなあ。

78: 世界@名無史さん 2009/07/02(木) 07:16:04 0
>>38
むしろ自分の国でうまく生きていけない
から航海に出たんじゃないのかな

39: 世界@名無史さん 2009/05/25(月) 02:07:52 0
ラピタ人とかポリネシア人の大航海の方が超探検という感じする

41: 世界@名無史さん 2009/05/29(金) 16:09:24 0
>>39
ラピタ人・ポリネシア人の場合、範囲はひろいけど何千年もかけてだから、大航海というより小航海×たくさん、だな。

たぶん本人たちにはそれほど探検という意識はなくて、

漁師が潮に流されて無人島に漂着 → 現地でカヌーを造って元の島に戻る →家族を連れて見つけたマイ無人島に移住・・・の繰り返しみたいな感じかな。

43: 世界@名無史さん 2009/05/31(日) 10:15:00 0
>>41
周りに目印がないときはどうやってその無人島にリターンしたんだろう?

目視による天測だけでなんとかなるもんなの?

54: 世界@名無史さん 2009/06/17(水) 22:35:49 0
>>41
実はイースター島やハワイ諸島、そしてニュージーランドなど最果ての島に移住したポリネシア人は帆の付いた大型アウトリガーの大船団で、それこそ何週間もかけて目的地に航海をしている。

一族郎党を大勢率い、家畜(豚・犬・鶏)や作物など生活に必要な物を全部乗せて航海に出たのだ。

とてもじゃないが、偶然にもカヌーが漂流して住み着いたとかいうレベルの話ではない。

42: 世界@名無史さん 2009/05/29(金) 22:07:57 0
ポリネシア人は、昔の方が大型の船作ってたみたいだけど。

アウトリッガーに帆を張ったタイプの奴。

46: 世界@名無史さん 2009/06/13(土) 02:17:16 0
マルコポーロだって西洋人から見れば冒険だろう。

でもモンゴル帝国から見れば単なる商売人、通商路に沿って歩いただけだろう。

50: 世界@名無史さん 2009/06/16(火) 04:38:39 0
アメリゴ・ヴェスプッチに興味がある

在世の頃は航海術や地誌に詳しいインテリだと尊重されたが死後評価はがた落ち

彼が名づけたわけで無いのに新大陸の名が”アメリカ”として早い時期から定着してしまったからなのか?

最近はそうでも無いけど(事実に則して評価されてる)
ちょっと古い本(70年代でも)でも低い評価が散見される

65: 世界@名無史さん 2009/06/20(土) 00:03:03 0
ヴェスプッチの1497年の南米への航海は、今でも資料的には立証されていないんじゃね?

1499年の航海はいろいろ証拠があって確かなのと対照的に、1497年の航海は不明点だらけ。

一方でコロンブスは1498年の第3回航海で現在のベネズエラあたりに上陸して、確実に南米に達しているわけで。

ヴェスプッチへの評価は、彼が言う1497年の航海がウソかホントかってところが分かれ目だな。

68: 世界@名無史さん 2009/06/24(水) 03:04:42 0
ヴェスプッチの事を余り知らない人が多いみたいだな

彼の航海は全て船団(スペイン、ポルトガル)の指揮者でなく航海術の専門スタッフとしてのもの

当時はまだフィレンツェの市民(当然何か新発見があっても彼には属さない、彼も主張してない)

その内容が分かるのは当時のフィレンツェの指導者に宛てた書簡による

生前に出版され大きな反響を呼び各国語に翻訳された200年以上経ってから自筆(?)、写しと称する書簡が発見されたけど一次史料とまではいえない

晩年はスペインに帰化し死ぬまで航海総監を勤めた

彼の不幸(?)はその後コロンブスの名声が高くなったにも関わらず結果的にアメリカという名前が定着したことか?

51: 世界@名無史さん 2009/06/16(火) 22:02:09 0
冒険家になりたいけど
今の時代じゃ無理ですよね

52: 世界@名無史さん 2009/06/17(水) 00:34:18 0
>>51
探検と冒険は違うと思うよ。探検は何かを発見するのが目的。

冒険は・・・何が楽しいのか分からないけど、危険を冒すこと自体が目的。

56: 世界@名無史さん 2009/06/18(木) 02:32:06 0
太平洋に拡散したポリネシア人も凄いが、紀元前後にボルネオ島からマダガスカル島まで8000キロも殆ど補給なしに航海してきたボルネオ系マレー人も凄い。

中間地点のインド洋周辺の島嶼に何ら痕跡を残さず、直接マダガスカルに入植を果たしたらしい。

航海技術はポリネシア由来の双胴帆船のアウトリガーと伝統的な海図であるスターナビゲーションのみ。

57: 世界@名無史さん 2009/06/18(木) 19:55:42 0
>中間地点のインド洋周辺の島嶼に何ら痕跡を残さず
つまりガセネタってことじゃね?

59: 世界@名無史さん 2009/06/18(木) 21:52:33 0
>>57
昔は様々な推論があったが、DNA解析によりマダガスカル人の故地は証明されている。

だが、中間地点のジャワ、スマトラ、プーケット、スリランカ、モルディブなどにそれらの人々が短期間でも生活した痕跡が考古学的にも生物学的にも見つかっていないのがミステリー。

太平洋上を移動したポリネシア人にしても、イースター島やハワイなど最も直近のマルケサス諸島から
実に2000キロ近い海原を航海して最終的に辿りついているようだ。

60: 世界@名無史さん 2009/06/18(木) 21:59:22 0
インド洋にレムリア大陸があれば、その隔離分布が科学的に説明できるとも言われてたな。

61: 世界@名無史さん 2009/06/18(木) 22:27:22 0
途中に痕跡が無いってことは、確実にアフリカ大陸(あるいはマダガスカル)の
存在を知っていて、そこを目指してたってことだよな。

62: 世界@名無史さん 2009/06/18(木) 22:45:43 0
今から2000年以上前に、ボルネオ人にそんな情報もたらしたのは誰だろう?

そんな情報があったとしても、見知らぬ土地に向かって数ヶ月以上も航海するとか、無謀としか言いようが無いんだが…

第一、大航海時代の航海者ですら壊血病やら内紛で長期間の航海など不可能だったのに。

食料とか真水とか、どうやって維持したのだろうか?

64: 世界@名無史さん 2009/06/19(金) 09:55:23 0
Wikipediaでは平均5ノット、30日間でボルネオからマダガスカルに着くとあるから、それくらいの日数なら無寄港もあり得そう。

謎なのはやはりどんな目処があってそんな遠距離航海に出たかだよ。

ボルネオ人がマダガスカルのことを知っているほど、インド洋を頻繁に往き来した時代があったなら、インド洋沿岸にもっとその痕跡があると思うんだけどな。

77: 世界@名無史さん 2009/07/02(木) 05:20:00 0
大航海時代に戻すと

先覚者は大変だな、コロンブスが典型だけど間違った計算で陸地にたどり着けただけでも運がいい(全然東アジアとは別、当初の目的に適わなかったのに)

マジェランもコロンブスより緻密な航海者だが地球の大きさについては余り変わらない認識、よく太平洋を横断できたと思う

目的としたマラッカには着けなかったがやはり偉業(この航海に関しては世界一周をなしとげたデルカノよりもマジェランの方が歴史的には有名)

北東、北西航路開拓は当時の船、技術(特に砕氷)では無理
現在では楽勝だろうが経済的に無意味だから誰もしない

84: 世界@名無史さん 2009/07/05(日) 15:37:54 0
>>77
コロンブスは新大陸(本人はインド近辺と思ってたにしろ)の位置を事前に知ってた説もあるね

85: 世界@名無史さん 2009/07/05(日) 22:44:33 0
>>84
当時でも緯度の観測はそこそこ正確

従って地球が球であれば大きさは分かってる

ただトレミー以来東アジアの経度の推算が甘いのに加え

カトリック両王の説得のため自分が考えてたよりもことさら誇張したのではないか?

でも最後には自分もそれを信じていたように思えるが(自分が間違っているのを認めることは他人の前ではなかなか出来ない)

それでも先覚者としての名声(現在でも)有るのだから・・・

80: 世界@名無史さん 2009/07/04(土) 19:24:43 0
八丈島にも縄文時代から定住遺跡あるんだよな

翡翠とか黒曜石とか装飾用の貝素材とか縄文人も生活のためというよりはお宝目当てで長距離移動したっぽい気が・・・

81: 世界@名無史さん 2009/07/04(土) 20:42:46 0
果てはミクロネシア特有の円筒型石斧が小笠原を経て八丈島まで分布出土している…
いったい誰がどうやって…

100: 世界@名無史さん 2009/08/08(土) 17:01:38 0
アメリカ大陸の発見はよく話題になるけど、
オーストラリア大陸や南極大陸を誰が発見したかなんて、
ほとんど知られていないんだよな・・・

104: 世界@名無史さん 2009/08/09(日) 04:19:51 0
>>100
難しい問題だな

101: 世界@名無史さん 2009/08/08(土) 18:12:37 0
アメリカ大陸と違って、まったく想定外の未知大陸ではなかったからだよ。

オーストラリア大陸→イスラム商人や中国商人に古くからすでに知られていた
南極大陸→仮説として南方大陸の存在は古くから想定されていた

105: 世界@名無史さん 2009/08/09(日) 16:20:18 0
>>104
東南アジアの華僑はナマコ漁でオーストラリア北辺を訪れていたし

イスラム商人は香辛料や香木を求めてモルッカ諸島やニューギアニア近辺まで来ていた。

ニューギニアとオーストラリアは目と鼻の先。

上記の商船は<アフリカ東岸⇔インド洋⇔東南アジア⇔中国・日本>までの広範な海域をヨーロッパ人が進出してくる1000年以上前から行き来していた。

海流の関係で喜望峰以西とフィリピン以東には行けなかったけど。

106: 世界@名無史さん 2009/08/10(月) 13:18:22 0
中国人がオーストラリア北岸でナマコを獲っていたことが「ナマコの眼」って本に書いてあるらしいね。

でも何世紀にオーストラリアに達したんだろう。

そういえば中国人がアメリカを発見したって本もあったな。

108: 世界@名無史さん 2009/08/11(火) 16:18:46 0
>>106
ググってみると1426年にオーストラリアの北岸を中国人ナマコ獲りが訪れて地図に残したとあるけど、当時の中国って海禁政策とってなかったっけ。

ナマコ獲りって密漁者?

110: 世界@名無史さん 2009/08/11(火) 18:55:21 0
>>108
当時は密漁とかいう概念はなかったのでは。未開の新天地だし。

中国人といっても明から直接きた人じゃなくてインドネシア付近に半永住していた華僑とかでは。

107: 世界@名無史さん 2009/08/11(火) 12:22:26 0
ニューギニア原住民と豪州北部のアボリジニは中間地点にある島を通じて交流があったらしい。

ニューギニア等から大規模な移住が起こらなかったのは、オーストラリアの環境が余りに過酷だったからとか。

だから上陸しても一時的な滞在に留まり、時期が来たらさっさと元の土地へ帰ってた。

アボリジニの文化的孤立はこれが原因かな。

112: 世界@名無史さん 2009/08/11(火) 20:10:14 0
世界地図の中に適切に位置づけられたことを以て「発見」というと思う。

だからそこに現地人が昔から居ても発見とは関係ないし、外部の人間がぼんやりとした風聞で知っていても発見とは言わない。

114: 世界@名無史さん 2009/08/11(火) 20:36:25 0
>>112
君の言ってるのは近代の、特に西欧の一部の例にすぎないわけ。

「人類」というならインド人からみた「中国」の発見、モンゴル帝国における「西欧」の発見とかいろいろ変わってくる。

当然距離が離れている地方は、こっちは何百年も昔から身近でも他方で未知の「発見されてない」
地域という視点になってしまう。

「地図」というなら不十分でも互いに作りあってたんだし、せいぜいが君の例は近代の科学的に正確な位置に収まった時期程度の意味合いにすぎない。


わかる?あっちの遅れてる意識で「発見」みたいな意識をひきずるのは仕方ないが、史学板の現代人なんだし、君は意識が西欧的主観に歪められてるのを自覚すべき。

157: 世界@名無史さん 2009/10/10(土) 18:59:41 0
スペイン人・ポルトガル人が、がむしゃらに南米を探検したのは金銀を求めてのことだったけど、もしぜんぜん金銀が見つからなければ、その後の南米の植民地化の歴史は200年くらい遅れた気がする。


逆にスペイン・ポルトガルの国力が衰えてない16世紀のうちに カリフォルニアで金が見つかっていれば、アメリカ西海岸はいまごろラテン系の国かメキシコの一部になっているだろうし。


その時々で重要な資源が見つかるかどうか、探査活動が成功するかどうかで、歴史の流れは随分と左右されそうだ。

アメリカが月に探査機をぶつけて水を探しているけど、これもアメリカが覇権国の間に水が見つかるか見つからないかで、その後の歴史の流れはかなり変わりそうだ。

230:
世界@名無史さん 2010/07/24(土) 22:46:33 0
探検に必要なのは、動機、金(スポンサー)、技術(知識含む)の3つが必要だと思う。

で、各要素の重要性を並べたら

動機>金>>>>>>>技術  かな?


大航海時代の帆船の航海技術とやらが、かなり怪しいものだったということは最近よく論じられるようになった。

コロンブスの航海ではアストロラーベはほとんど飾りだったとか・・・

でも、彼らには動機があったから大航海時代となった。大

抵のことは現場の智恵とか、素朴な船乗りの勘とか、運と度胸で何とかなるもの。

一方、日本には当時探検に乗り出すべきモチベーションが何もないと思う。

逆に言えば、たとえ技術があっても(あったかは知らない)動機がなくては何にもならないということ。

249: 世界@名無史さん 2010/08/01(日) 23:27:08 0
>>230
ルネサンス3大発明(実は中国という突っ込みはナシね)の一つ、アストロラーベが飾りだったとは初耳だ。詳しく。

カラベル船、アストロラーベ、コンパス、クロノメーター、それに地球球体説が相まって初めて大航海が可能になったと思っていたけど。

232: 世界@名無史さん 2010/07/24(土) 23:18:45 0
日本ならどうしても中国あたりの近辺か、天竺だろうな。

秀吉の侵攻ルートと似るだろう。

仏教の経典とかなら欲しいだろうし、釈迦の居た所ならなって。

朝鮮は中国の文物が流れついて旨みあったし、中国なら直接支配すれば美味しいと思うだろうが、白人は野蛮人って馬鹿にしてたし東洋が上だと思ってたからわざわざ僻地まで行こうとも思わんだろうな。

漢の西域探検が軍事的な理由だったように、その動機でならあるだろう。

国内浪人取り潰し大名のはけ口、新規領土で。島原藩もルソン侵攻を企図してたし。

233: 世界@名無史さん 2010/07/24(土) 23:55:31 0
1600年ごろのインドには日本から来た浪人が用兵としていたけど

オランダかイギリスとの戦争に負けて全員処刑されたらしい

238: 世界@名無史さん 2010/07/25(日) 22:23:12 0
ではイスラム教徒はなぜ世界中に出なかったのだろう。

いや、彼らは彼らで大探検しているのは知ってるんだが。

でも、基本的には商売相手がいそうな所にしか行かなかったし、異国まで出張って自分たちの国を作ることもしなかったと思うんだけど。

だからあまり地理上の発見というイメージではない。

旅行家はいても探検家にはならない。

ほかにエチオピアはキリスト教国だったけど、自国に引きこもってばかりだった。

241: 世界@名無史さん 2010/07/25(日) 23:09:25 0
>>238
当初、ヨーロッパは東方への航路(貿易路)を求めてアフリカや大西洋に乗り出した西方と東方の中間を抑えていたムスリム国家は、それだけで莫大な富を得ることができた

244: 世界@名無史さん 2010/07/26(月) 20:47:53 0
なぜ秀吉やら江戸幕府は、北海道や樺太方面に進出しなかったのですか?

朝鮮出兵より確実に領土が取れそうな気がするのですが

246: 世界@名無史さん 2010/07/27(火) 07:23:10 0
当時はただ領土が取れればよいという時代じゃない。

金になる領土じゃなけりゃ無意味。むしろ余計コストが嵩むだけ。

当時の北海道は米すら取れなかったんだけど。それに和人の生活技術(家とか服装とか)では冬が寒すぎてやばい所。

252: チパング島 2010/08/19(木) 15:40:35 0
チパング〔日本国〕は、東のかた、大陸から千五百マイルの大洋中にある、とても大きな島である。

住民は皮膚の色が白く、礼節の正しい優雅な偶像教徒であって、独立国をなし、自己の国王をいただいている。

この国ではいたる所に黄金が見つかるものだから、国人は誰でも莫大な黄金を所有している。
 
この国へは大陸から誰も行った者がない。

商人でさえ訪れないから、豊富なこの黄金はかつて一度も国外へ持ち出されなかった。

上のような莫大な黄金がその国に現存するのは、全くかかってこの理由による。


引き続いてこの島国の国王が持っている一宮殿の偉観について述べてみよう。

この国王の一大宮殿は、それこそ黄金ずくめで出来ているのですぞ。

我々ヨーロッパ人が家屋や教会堂の屋根を鉛板でふくように、この宮殿の屋根はすべて純金でふかれている。

したがって、その値打ちはとても評価できるようなものではない。


宮殿内に数ある各部屋の床も、全部が指二本幅の厚さをもつ純金で敷き詰められている。

このほか広間といわず窓といわず、いっさいがすべて黄金造りである。

げにこの宮殿はかくも計り知れない豪奢ぶりであるから、たとえ誰かがその正しい評価を報告しようとも、とても信用されえないに違いない。

マルコ・ポーロ『東方見聞録(2)』 東洋文庫 183 平凡社 1970年 p.130

253: 世界@名無史さん 2010/08/26(木) 21:05:24 0
黄金郷ジパングと現実のビンボー日本との落差に吃驚した西洋人はあんなのジパングじゃないやいとばかりに日本の東はるかかなたに新たなる夢の島「金銀島」を想像し、その発見のために次々と探検隊を繰り出した。

254: 世界@名無史さん 2010/08/28(土) 23:17:01 0
オランダ東インド会社は金銀島を探していた途中に現在の択捉島と得撫島を見つけて

それぞれ国家島と会社島と名づけた

なんちゅうネーミングセンスや

引用元: ・探検の世界史