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ブランデンブルク門近くのベルリンの壁に登る東西ベルリン市民(1989年11月10日)
photo credit 

1: 世界@名無史さん 2011/07/31(日) 07:30:11.83 0
1960年代~1990年代の冷戦期の世界史を語ろう。

中東戦争、アジア情勢、日米同盟など、この時代の国際ニュースは全て対象に含めてよし。
政治史、社会史、文化史も不問。ただし、日本史だけの話題は×。

2: 世界@名無史さん 2011/07/31(日) 08:19:00.43 0
そもそも平成生まれが歴史に興味あるか?

4: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2011/07/31(日) 08:23:26.69 0
>>2
僕は平成生まれだけど普通に歴史に興味あるよ。

47: 世界@名無史さん 2011/08/01(月) 20:51:40.93 0
>>4
普通の使い方が大変なことになっているのは
普通に平成生まれだな。

5: 世界@名無史さん 2011/07/31(日) 08:49:34.89 0
考えてみれば今の中高生はアルベルト・フジモリもネルソン・マンデラも知らないのか。

知識としては聞いたことがあっても、単なる昔話としか認識していないという意味で。

7: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2011/07/31(日) 09:55:02.46 0
>>5
現在高校生だけど確かにどっちも知識としては知ってるけど、普通に歴史上の出来事として認識しちゃってるなぁ。

自分が、リアルに生きてた時代として実感があるのはイラク戦争辺りからかな。
20世紀に起きたことはほとんどが過去のことに思えてしまう。

8: 世界@名無史さん 2011/07/31(日) 10:06:11.97 0
自分も平成生まれだけど、地下鉄サリン事件あたりからかな、同時代と思えるのは

実際にはサリン事件の頃も幼児だったからリアルで知ってるとは言いがたいけど、結構あとまで事件の爪あとがどうとかオウム幹部の裁判とか、テレビで流れてたから

12: 世界@名無史さん 2011/07/31(日) 11:14:41.25 0
平成生まれで、まず実感できないことは共産主義、社会主義をマジで信じていて、革命、革命と本気でほざいていた人種がかなりいたということだろうなww

もっとも選挙をやればほとんど確実に自民党が過半数を占めていたから、一般大衆の大多数が共産主義や社会主義を信じていたことはなかったのだが、

20: 世界@名無史さん 2011/07/31(日) 14:15:52.87 0
平成生まれが知らないのはソ連だろ。

下手したら「ソ連って何?」「冷戦って?」とか言ってくるぞ。

ソ連こそ二十世紀の歴史の華。

革命に皇帝一家の処刑、権力闘争、衛星国家群、国家資本主義、計画経済、人海戦術、核兵器、全体主義、宇宙開発、搾取に虐殺に収容所、果ては今では韓国が得意とする「○○はソ連起源」まで、全てがソ連にはあった。

ソ連が崩壊してから、日本を除いて欧米の社会主義系の知識人は全て息の根を止められ、新自由主義に対する歯止めが消えた
(ソ連があるころは、修正資本主義として、赤化しないように競争原理を緩めてた)。

冷戦構造で日本は一番美味しい所をとり(冷戦がなければまず間違いなく巨額の賠償と非工業化で息の根を止められた)、日本は冷戦の一番の勝利者として経済的に豊かになり、バブル経済に踊った。

キューバの軍隊はアンゴラで戦い、ソ連製のヘリはニカラグアで猛威を振るい、アフガンでアメリカはタリバンを支援してソ連兵の侵攻の盾にした。

何もかも昔日の思い出。
冷戦がもっと長く続けばよかった。

21: 世界@名無史さん 2011/07/31(日) 14:26:12.28 0
平成生まれは、昭和天皇の戦争責任はタブーだったと思ってるが、独立後は、昭和天皇へのインタビューで日本人記者が普通に聞いて、本人が「そういう文学的な話は答えようがない」とか言っている。


イランにもエチオピアにも中央アフリカにも皇帝がいて、フランコは長生きをして、

ベトナムとイエメンは南北に分かれ、エジプト一国だけでアラブ連合を名乗ってた事もあった。

昔の百科事典を見ると、台湾が堂々と「中華民国」(地域としての台湾ではなく)として載ってて笑える。

29: 世界@名無史さん 2011/07/31(日) 18:29:47.53 0
平成生まれは半導体がどれだけインパクトがある出来事かわかっていないな

ソロバンと回転式計算機、もしくはレジスターを一度使ってみることを勧めるよ

30: 【東電 65.6 %】 2011/07/31(日) 18:37:09.65 0
ソ連は最後まで真空管に拘っていたという印象があるな。

31: 世界@名無史さん 2011/07/31(日) 18:39:44.57 0
半導体といえばシリコンバレーはいつ頃から地理の教科書に載るようになったんだ?

高度経済成長期にはもう子供でも知っているような常識だったの?

32: 世界@名無史さん 2011/07/31(日) 19:15:28.56 0
>>31
昭和40年代後半に出版された、小松左京氏の「日本沈没」の中では、
日本列島周辺の地殻変動を算定するためのコンピュータについて触れてる箇所で、
「大規模集積回路(ラージ・スケール・インテグレーション の振り仮名つき)」の用語を使って書いてあるな。

ラージ・スケール・インテグレーション の頭文字が、つまり LSI なんだが、
当時はまだ、それらコンピュータ関連の用語(略語や、地名の通称なども含め)はほぼ完全に「専門用語や、仲間内ことば」だったってわけ。

34: 世界@名無史さん 2011/07/31(日) 20:02:03.64 0
冷戦が終るまで、軍事機密だったインターネットは一般に開放されなかった。
ネットのない生活。

メールもなければニコ動をない若者がどういう生活をしていたかを、平成生まれはそもそも知らない。

38: 世界@名無史さん 2011/08/01(月) 01:04:03.89 0
>>34
平成元年生まれだが小さい頃は普通にネット無かったよ。

小学校でオフラインのPCで遊んで、中学のころすなわち2000年代に入ってはじめて家庭でネット接続した。

若干遅めだったたとは思うけど、ボリューム層はヤフーBBかフレッツの定額制ADSLで初めてネットに入った家庭も多かったと思う。


それよりもネットやメール以前は自宅にTELしたりポケベルしたりしてたんだよね

知識として知ってはいても今の人にはかなり馴染みないと思う。

特に年頃のガールフレンドの実家に直接電話とか一般的なゆとり世代は理解できないと思う。
我々ゆとり世代は高校時は既に携帯電話の保有率が100%近かったので。
ただ、中学時代は親の方針で持ってない人の方が多かったね。

42: 世界@名無史さん 2011/08/01(月) 19:01:11.49 0
>>38
今世紀初頭までは
「DQNやヤクザがPCなんか使うわけないだろ(藁)」だったもんな
今では連中の必須道具だが

36: 世界@名無史さん 2011/07/31(日) 21:49:01.46 0
オレがパソ通を始めたのは、1987年だったな。超田舎でそのくらいだったから、都会ではもっと早く始められたハズ。

草の根ネットが主だったが、PC-VANではメールが使用できた。

平成元年の1989年には既にネットはあったよ。インターネットはないけどね。

37: 世界@名無史さん 2011/07/31(日) 22:39:54.63 0
ホストコンピューター提供する奴が神の時代だな

43: 世界@名無史さん 2011/08/01(月) 19:27:15.24 O
ニフティとか知らん奴居るんだろうな。
逆にこれはお年寄りや機械に疎い層なんかも未だに知らないかも知れんが。

45: 世界@名無史さん 2011/08/01(月) 19:55:16.33 0
昭和世代は
世界は西側の自由世界と東側でこのあたりが文明世界

中国、韓国は第三世界の感覚で アマゾンやフィリピンやタイなんか川口浩の探検隊がおとづれる秘境扱いだったからなww

川口浩の探検隊は面白かったなぁww

46: 世界@名無史さん 2011/08/01(月) 20:40:42.26 0
21世紀は「薔薇色の未来」か「核の冬」のどちらかになると考えられていた。

ソ連崩壊後は日本がアメリカの仮想敵国になると考えられていた。

家庭用録画装置の普及はエロビデオによって成し遂げられた。

βはVHSに戦術的勝利をおさめたが、戦略的敗北を覆せなかった。

49: 世界@名無史さん 2011/08/02(火) 07:15:51.74 0
>>46
日本のハイジャック犯がホワイトハウスに突っ込んで自爆テロを起こすという内容の小説が発表されたことがある。

48: 世界@名無史さん 2011/08/01(月) 21:35:31.81 0
ジャパン・アズ・ナンバーワン。
懐かしい響きだ・・・

ポール・ケネディがイギリス、アメリカの次の覇権国を日本だと予想したのは、何となく嬉しかった。
全く当たらなかった。

今でこそ第二次大戦がどうので右派から親日国扱いされているインドネシアが、日本の「経済侵略」に反対してデモを起こしたのも懐かしい。

(もっとも、あれは自民党内の権力闘争から、田中角栄が手を回していたらしいが)


皇太子(現明仁天皇)が平民と結婚するというんで、
「皇室がブルジョアと結びついた」と馬鹿みたいな批判がマスコミで起こったり、フィリピンの首都がマニラじゃなくてケソンシティだったり、ジンバヴエがローデシアだったり、本当に懐かしい。

50: 世界@名無史さん 2011/08/02(火) 07:21:28.92 0
>>48
日本、中国、韓国、北朝鮮以外に、地図に漢字だけの国名があった。

732: 世界@名無史さん 2012/12/23(日) 13:19:58.67 O
>>50
象牙海岸共和国ですかっ><

90: 世界@名無史さん 2011/08/05(金) 12:21:45.19 0
半導体の出現で、機械というのが変わってしまったなぁ

足踏みミシンとかは、ばらしてみたら素人でも構造がわかって、修理しようという意欲がわいたのだが、今の液晶のが組み込まれたミシンなどばらそうとする意欲がなくなる

結果機械は完全に使い捨ての消耗品感覚になってしまった

腕時計の感覚が昭和世代と平成生まれの感覚が一番ギャップがあるだろう

昭和の50年代くらいまでは腕時計は何万もするもので入学祝、就職祝いで親類から祝儀をもらって初めて買うものだっけど、平成元年ごろから1000円時計が出現して、使い捨てになり、

いまでは、ケータイ電話などが出て腕時計をしない奴が続出する始末

このごろだと機械式は1000円では精密な部品が調達できないから 電波時計と組み合わせて、制御するようになったからな 純粋に機械だけで動かそうとするとすぐ狂うようになったからな

99: 世界@名無史さん 2011/08/05(金) 18:40:32.24 0
なんか日本の話ばかりになってるな

イスラムの過激派、テロリストイメージがいつから一般に広まったか知りたい
レバノン内戦あたりからかな?

101: 世界@名無史さん 2011/08/05(金) 20:32:28.84 0
>>99
ミュンヘンオリンピックの頃からじゃないかな

ただ、あの頃はイスラム過激はそんなにいなくて、社会主義を標榜したり、もしくは社会主義にシンパシーを感じていたけどなww

まあ、中東の人がどこまで社会主義を理解していたかは知らんが

102: 世界@名無史さん 2011/08/05(金) 23:15:51.33 0
イラン革命のときは日本のマスコミでは皇帝が追い落とされても仕方ないって論調だったのかな?

それともイスラム原理主義者はせっかく成し遂げた近代化をチャラにしかねない危険分子って扱い?

さすがに3,4歳の幼児の頭では覚えてない(当時夢想花とヤングマンがはやってたのはリアルタイムで覚えてるけど)

104: 世界@名無史さん 2011/08/06(土) 00:15:09.20 0
>>102
どちらかといえば、直後は仕方がないといった論調だったな

直後はまだ社会主義者もいたし、近代化主義者もいたから

あそこまでイスラム原理主義を振りかざすとは想定外だったのではないかな

103: 世界@名無史さん 2011/08/05(金) 23:53:19.99 0
時代の雰囲気って新聞だけからはわからんからんなぁ

105: 世界@名無史さん 2011/08/06(土) 07:38:37.23 0
うちの親に聞いたところによると、1960年代の地方都市の子供の感覚では、外国と言えばアメリカ。

あとフランスとイギリス、中国、ドイツくらいは知っているが、存在すらピンとこないほど遠い。

外国人と言えばアメリカ人、海の向こうはアメリカと思っていた(日本海側の地方だったのに)。

改革開放までの人民共和国は日中関係史上、日中関係が最も薄かった時期だね。この時期に高度成長が重なったのは偶然だろうか。

110: 世界@名無史さん 2011/08/06(土) 16:10:41.93 0
フィリピンはかつてはアジアの中では一人当たりのGDPが高かった時代がある

長年停滞していて他の国にドンドン抜かれてしまったが

111: 世界@名無史さん 2011/08/06(土) 16:14:23.05 0
戦後しばらくは日本よりフィリピンの方がGNP高かったんだよな

フィリピン停滞の理由は、やっぱり出稼ぎ頼りで自国内の産業育成を怠ったせいかねえ

568: 世界@名無史さん 2011/12/23(金) 08:40:46.00 0
>>111
自国内の優秀な人材が外国に出奔するからね

112: 世界@名無史さん 2011/08/06(土) 16:17:49.95 0
合衆国人種別平均世帯年収(2009年)
インド系          $88,538
フィリピン系.        $75,146
上位36%ユダヤ系白人. $75,000 (2001年)
中華系           $69,037
日系            $64,197
ユダヤ系白人.      $54,000 (2001年)
韓国・朝鮮系.       $53,025
白人(ユダヤ系含む)   $52,976
ヒスパニック系..      $39,923
黒人            $33,632

※ソース http://factfinder.census.gov/servlet/IPCharIterationServlet?_lang=en&_ts=320475837374


フィリピン系アメリカ人は所得が高い


568: 世界@名無史さん 2011/12/23(金) 08:40:46.00 0
>>112にもあるように
フィリピン系は以外に高収入多い

日本では水商売ってイメージだがアメリカでは中間管理職・医者・IT系にフィリピン人が多い

世帯年収でも独身年収でもインド系と肩を並べて高い順位

でもこれはフィリピン国内の優秀な人材が外国に流出しているって事だから国内の産業は発展しないわなあ…

113: 世界@名無史さん 2011/08/06(土) 20:05:09.95 0
平成生まれはそもそもベルリンの壁自体を知らないだろ。

西ベルリンは東ドイツの地図じゃ「空白」扱いになってた。

中東戦争当時、アラブ諸国の地図ではイスラエルという国家が載っていなかった。

今の日本の地図に「中華民国」や「ソマリランド」がないのと同じだな。


後、今のバングラデシュが東パキスタン(パキスタン=西パキスタンの飛び地)で、独立をめぐってインドとパキスタンは戦争をして、パキスタンの完敗だったこと。

インドとパキスタンは何回か戦っているが、全部パキスタン側の負け。

でも、中印国境戦争でインド軍は中共軍に負け、中共軍は金門島で国府軍(台湾軍)に負けている。

で、朝鮮戦争で、この国府軍を対北朝鮮戦に投入する計画をマッカーサーが考えたことがあること。

114: 世界@名無史さん 2011/08/06(土) 21:02:24.14 0
>>113
同感だな

ましてベルリンの壁を越えるために、たくさんの人が射殺されたのを知らないだろうな

少年漫画でもその辺の話を元ネタにした漫画がたくさん書かれていたのだから

あの手塚治も漫画のネタにしていた

115: 世界@名無史さん 2011/08/06(土) 21:20:12.30 0
>>113-114
リアルタイムに遭遇した歴史的事件の中でベルリンの壁崩壊以上に衝撃的だったものはありますか?
冷戦中でも冷戦後でも。

116: 114 2011/08/06(土) 22:16:12.16 0
>>115
正直ベルリンの壁の崩壊はおいらはあまり衝撃的じゃなかったな

もう前兆が出まくりで、社会主義やソ連もおしまいだなと ついにと言うのが本音だよな

おいらは昭和天皇の崩御のほうが衝撃的だったなぁ

それとソ連の潰れ方が、情けないというか
ただ旗が降ろされて、新聞の一面に記事が載っただけで すべておしまいww

118: 世界@名無史さん 2011/08/06(土) 23:11:11.61 0
>>116
ソ連崩壊でアメリカの敵が日本に変わるから、経済の締め付けひどくなると思ったぜ

当時15だが。一種の中二病だがあながち間違いではなかった。

147: 世界@名無史さん 2011/08/13(土) 01:58:00.51 0
まあ、>>118の言うとおり、ソ連が潰れてから
アメリカ向けのたぶらかしとそれに連動した国体政治が
どうもうまく作動しなくなったのだけどな

167: 世界@名無史さん 2011/08/14(日) 10:16:26.82 0
>>118みたいなことを考えているやつ
あの時代の土地バブルがはじけると考えるやつはまだ少数派ながらいたけどww

デフレだけは想像もできなかった

148: 世界@名無史さん 2011/08/13(土) 02:57:47.26 O
スイスがめちゃくちゃイメージよかった。ちょっと前の北欧みたいに。

韓国は未知の国だったなあ。
プロ野球の白任天が韓国リーグに渡ったことでベールがぬぐわれた感じ

釜山港に帰れとかいう歌も貢献した

ボク大統領って名前だけでうけたw

航空会社のショルダーバッグで自慢できた
スーパーと銀行にクーラーで涼みにいった

157: 世界@名無史さん 2011/08/13(土) 13:28:29.97 0
>スイスがめちゃくちゃイメージよかった。

日本人の大半が「永世中立国」の実態を知らなかったからね。

永世中立国だと名乗れば、外国から侵略されず軍隊も必要ないイメージがあった。

163: 世界@名無史さん 2011/08/14(日) 03:37:21.67 0
スイスのイメージのよかった理由は思うに 日本は大気汚染が深刻だったんで「スイス→アルプス→空気がきれい」って印象だったんだな。

オレが子供の頃、母と田舎にいくとまず「あー空気がおいしい」って母は言ってたっけ。

空気がおいしいっていうのはTVなんかでもやたら多用されてたな。

それとアルプスがイメージいいのは日本の地名にもなってるからお判りでしょう。

そろそろやめて欲しいんだけどね、日本アルプスとか南アルプス市とか。

171: 世界@名無史さん 2011/08/15(月) 22:24:08.17 0
>>163
俺の高校の地理の先生は

「スイスが永世中立国でいられるのは、周辺に攻め出すような国力もないし 逆に周辺のどこかが併合したところで山で分けられてばらばらなのでちゃんと統一のとれた統治などできないからだ。

平地ばかりのベルギーを見ろ。

永世中立を宣言してたが戦争が始まったら簡単に攻め取られてしまったぞ」 

165: 世界@名無史さん 2011/08/14(日) 07:36:57.08 O
肉がこんなに安くなるなんて想像できなかった

いま献立考えると肉主体にすると家計助かるもんね

米、牛肉、オレンジの自由化でずっと揉めてたっけ、アメリカと。

その割りには政府はアメリカの言いなりって言われてた

167: 世界@名無史さん 2011/08/14(日) 10:16:26.82 0
>>165
昭和の時代は、半分戦時体制だったからな

田宮模型が盛り上がるくらい10年に一度は戦車や戦闘機のモデルチェンジをやっていたから、経済はインフレ気味で デフレなんてまったく想像できなかったな

170: 世界@名無史さん 2011/08/15(月) 22:22:43.49 0
朝鮮半島とベトナムが南北(東西?)に分かれて戦ったのは知ってる人が多いだろうがイエメンも南北に分かれてたのは知らない人が多いと思う

あと、海外旅行が自由化されてから、補助金で金余りの農家が農協のパックツアーで 世界中に旅行に出かけ、マナーの悪い日本人旅行客というイメージが強かった

当時外国の辞書にはnokyoが載っていたらしい

筒井康隆が「農協月へ行く」なんてSFを書いてた

172: 世界@名無史さん 2011/08/15(月) 22:38:09.93 0
>>170
今の中国人が世界で評判悪いみたいなもんかな

今の日本人観光客が評判良いところをみると、日本人は昭和より民度が上がってるんだな

174: 世界@名無史さん 2011/08/15(月) 23:42:21.28 0
>>172
先進国の都市域での生活様式を知らない者は旅先で目立っちゃう。

1950年代には、小金持ちになった米国の田舎者が欧州旅行で煙たがられた。

まー、持ち回り的なものらしいね、こういうのは。

182: 世界@名無史さん 2011/08/16(火) 19:40:34.44 0
一般人がコンピューターを持てるようになったのは1980年頃、 パソコンが仕事にもちゃんと使えるようになったのは1995年頃からだとな。

184: 世界@名無史さん 2011/08/16(火) 23:30:43.03 0
アメリカでは1980年頃ビジカルクを個人でも使ってたらしいけどなあ

IBM PC以前、Apple][が一番売れるPCだった時代。

アメリカは納税が自己申告だから、スプレッドシートの需要が高かった

186: 世界@名無史さん 2011/08/17(水) 11:19:36.21 Q
80年代まではコンピュータってスゲーしのもので 例えば結婚相談所の広告ではコンピュータが一万人の中からあなたにぴったりのかたをなんちゃらーって絶大な威力ありげだったのよ

それとNASAも絶大な威力あって、NASAが開発した素材です!って言われるとヨダレでちゃったな、あの頃

あと、天才少年ブームってあったような

188: 世界@名無史さん 2011/08/17(水) 15:47:27.58 0
>>186
あと、今バイオテクノロジーを用いた品種改良というと遺伝子組み換えだけど、 80年代は遺伝子融合がはやったな。ポマトやハクランやオレタチ

ポマト
細胞融合によって作られたジャガイモ(potato)とトマト(tomato)の雑種。 

ポマトは本来ジャガイモとトマトの一挙両得を狙ったものではなく、暖地性のトマトにジャガイモの耐寒性を持たせる目的で開発された。

が、完成した植物はトマトとしてもジャガイモとしても不完全で役に立たない失敗作であり、一時期未来の植物と注目されたポマトは消えていった。

バイオハクラン: ハクサイとカンランの細胞融合による雑種。

オレタチ: オレンジとカラタチの細胞融合による雑種。食用には適さない。

ヒネ: イネとヒエの細胞融合による雑種。
wikipedia 
 

191: 世界@名無史さん 2011/08/17(水) 22:03:25.22 0
>>186
同感だな
それとテレビ番組が面白かったなww
川口浩と矢追純一のUFOスペシャル、最高だったなぁww

あの時代は外国というのは夢とロマンを与える存在だったからな

アメリカ横断ウルトラクイズでも今から考えると馬鹿馬鹿しいにもほどがあったが、いかにも雄大だったというかww

1985年プラザ合意以降外国認識は本当に変わったよなぁww
夢とロマンから、怖いところへww
あと月刊ムーの転生少女たち今何をしているかなぁww

ある意味彼女たちは時代の変わり目を敏感に感じ取っていたのだろうがww

是非とも転生少女の話を聞いていたいよなぁww

205: 麻布第三連隊 2011/08/19(金) 10:28:54.44 0
平成元年(1989)生まれが知らん結構大きな出来事って言えば、1982年のフォークランド紛争(どー見ても正式の″戦争″)だな。

この両国はサッカー以外でも仲悪いって世界にバレた″戦争″、じゃなかった、″紛争″w

チリの見事なまでの″仲の悪い隣人キャラ″っぷりに世界のウオッチャーが噴いたと思うよ。ピノチェト大統領。

この人、罰(ばち)が当たって、後に酷い目にあったねw

206: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2011/08/19(金) 10:42:47.07 0
>>205
一応、アルゼンチンのほうではguerra(スペイン語で戦争)と呼んでるし、英語圏でもイギリス以外の国はwarという呼称を使ってたりするよ。

だから「フォークランド戦争」と呼んでも一応平気なはず。

確かにフォークランドは僕の周りの知り合いもほとんど知らなかった。

209: 世界@名無史さん 2011/08/19(金) 12:20:47.91 0
ついにホンモノの戦争に立ち会えるんだ!ってわくわくだったよ。

英国の新聞では「IT'S WAR!」と派手な見出しだとか報道で知ったけど、じゃあ朝日新聞もそう書けよって思ったね。ちょっとオブラートに包んだ表現がもの足りなかった。

アルゼンチンと英国が仲悪かったなんて誰も知らなかった様子だよ。

解説でもアルゼンチン大統領が国内の不満を逸らすため「ペンギンしか住んでない島」の件でいちゃもんつけたってことになってた。


戦闘機の空中戦もあってそのへんは興奮したけど、グルカ兵の活躍なんて 後に知られることであって戦況のなかで報道されることはなかった。

戦況として報道されたことは、西側諸国同士の戦争というのはまさかの事態でそのため戦闘機の電子機器が敵機を敵と認識しない、そのため英機が被弾撃墜されたとか。

このニュースは面白かったな。

20世紀も末にさしかかって、本国から数千キロも離れた場所に領土を持つなんて、っていうのが世間のオピニオンだったわ。

それだけに英国がきっちり領有権と賠償を勝ち取る結末は、多いに勉強になったね。

259: 世界@名無史さん 2011/08/20(土) 01:56:06.86 0
平成生まれは「西側諸国」「東側諸国」って言葉にどんなイメージ持ってるの?

自分たち日本人は西側諸国の一員だという意識ってある?

TVのニュースでNATOって言葉は耳にしたことあるよね?

コメコンって言葉はニュースでは耳にしたことないはずだよね?


40歳以上にとってはそれらの言葉はとてもポピュラーで 東芝と聞けば東芝ココム違反事件を連想せずにはいられないんだわ。

東芝がソ連に潜水艦の静音化技術を輸出したってことで叩かれたなぁー。

我々西側諸国を非常に不利にする裏切り行為ってことでアメリカからお叱りですよ。

似たような事件で近年ヤマハ発動機が中国に無人ヘリを輸出した訳だが東芝に比べたら叩かれ方がぜんぜん甘いね。

この事件で初めてココムっていう輸出協定があるって知ったんだけどねw

あと、夏季オリンピックは西側vs東側っていうポジションで観戦するのが普通だった。
東側は強いんだわ、これが。

260: 世界@名無史さん 2011/08/20(土) 02:20:14.31 0
>>259
日本についてアジアの一国や先進国というアイデンティティはあっても、「日本が西側諸国」と考えたことは一度もない。

「東側諸国」はほぼロシア・東欧と同義。中国やヴェトナムやキューバやタンザニアは思い浮かばない。

NATOはEUの軍部というイメージ。ワルシャワ条約機構との対立を意識したことはない。

コメコンは世界史の教科書で見たことしかない。
東芝ココム事件は大学のビジネス法のテキストに載っていたが、それを取らなければまず知らなかった。

「ワッセナー・アレンジメント」も同書で知ったが、今このレスを読むまで忘れていた。

オリンピックは、幾つかのアニメの影響で「美少女がレオタードを着て新体操や器械体操をやっている」イメージはある。

ただ、それ以外の競技も強かったのかどうかはわからない。

265: 世界@名無史さん 2011/08/20(土) 10:35:02.42 0
>>259
中の人がアメリカ人ってのもあるが、西側諸国は正義の味方で東側諸国は普通にナチス・ドイツ同然の悪者ってある意味普遍的なイメージだった。

今は違うけどやっぱり映画とかの影響が強くて。

NATOもまだまだ身近な言葉な気がする。今起こっているリビア情勢介入でまたいろいろとイメージが変わった感じがするけど。悪い意味で

東芝ココム事件についてはほとんど知らない。

オリンピックはソ連が強かったんだよなちょくとくソ連からアメリカに亡命していた、と教科書にもあったし

267: 259 2011/08/20(土) 13:01:16.73 0
西側、東側のイメージは当時もそんな感じでしたよ。

アメリカの帝国主義的な横暴が目立つようになったのは冷戦後しばらくしてから。
アフガンに介入したあたりからかなぁ。

アフガン侵攻って最初はソ連の悪行として報道されてたけど、やがてソ連が引き上げて その後米軍が侵攻するんだから、この展開は想定外だったわ。どうなってんの?って感じ。

だけどこのことで国際情勢ってこういうことなんだと知るきっかけになったわな。


NATOは確かに今もあるもんね。コメコンという対立軸のないNATOってなんだろ?って感じだけど。

ボスニア紛争ではロシアもNATOの作戦行動に参加してもうわけわかんないよ。

タイムマシンで昔の人にこのこと言っても笑われるだけだろうな。

269: 世界@名無史さん 2011/08/20(土) 13:59:48.26 0
>>267
帝国主義的な横暴というが、君は帝国主義というものをどうとらえているのかね?

今時市場開放を求めて植民地獲得なんて20世紀前半の思考でしかない。

20世紀前半までの欧州諸国のアジアアフリカ開放の時代なんてもう古典の領域だ。

270: 259 2011/08/20(土) 15:50:15.80 0
じゃあオレとアメリカは古典の生き残りですわ。

271: 世界@名無史さん 2011/08/20(土) 16:44:25.72 0
>>270
古典さんのお話もっと聞きたい。

そういえば、ボスニアとコソボの紛争も指摘されるまで思い浮かばない。

イラク戦争の勃発と「金しか出さない日本人」言説のためか、 年表的にはより古いはずの湾岸戦争の方が存在感がある。


図式的なレッテルでは、「強大で邪悪なセルビアがボスニアの民間人を虐殺し、なぜかアメリカは静観して代わりに国際連合が出動した」という理解。

色々と間違っているのは、世代だけではなく自分が東欧の歴史に無知なせいもある。

ただ今は、東欧史に詳しい若者はよほどの歴史オタクでもない限りいないと思う。

2005年頃に「本当はボスニアとアメリカが結託してセルビアを悪玉に仕立てた」という主張の本が複数出たことは知っている。

272: 259 2011/08/20(土) 18:05:05.25 0
古典さんw じゃあ当時のユーゴ情勢の話をしよう。

ユーゴに限らずソ連崩壊後の当時は東欧で毎月新しい国家が分離独立するんだわ。

その中には古代史、中世史に登場する地名もあり、不思議な感覚に襲われた。

ユーゴの場合もいくつか分離独立し、残りは新ユーゴになった。

新ユーゴのなってもそこからぞろぞろ分離独立し、いったいいくつの国が出来るんだろうって気分になった。

どんだけ分離してもどの国もサッカーが強いのにはまいった。

オレの中では旧ユーゴはスポーツの才能の宝庫という地位を占めた。

知ってると思うけどサッカーは昔は観戦する競技としては不人気だったが、この頃は人気競技になっていた。

新ユーゴには過去レスに登場した背中を刺された女子テニスのモニカ・セレシュがいたんだけど、クロアチアの男子テニスのゴラン・イワニセヴィッチ(すごくハンサム)に「キミの政治的な立場を明言しろ」ってうながされたとのこと。

イワニセヴィッチにしてみれば旧ユーゴの人間は、自分の所属する民族や国家を表明しろということなんだろう。

ここでちょっと時間をさかのぼってチトーの死をとりあげます。(つづく)

273: 259 2011/08/20(土) 18:39:27.05 0
チトーはユーゴの大統領だったと記憶してます。

ユーゴで知ってる人物と言ったらチトーだけでした。

そのチトーが天寿をまっとうされ(多分)たのはちょうどソ連崩壊の頃だったと思う。

後にこれだけ争いあう民族を一つに束ねてたんだから偉大な指導者だったんでしょう。

ソ連体制がブレジネフの死によって終焉に向かったように、一人の人物の死が歴史の歯車を動かしてゆく場面に立ち会ったと感じてます。


旧ユーゴにイスラム教徒が多く居住してるなんて知るはずもなく、が、唯一それだけが平均的日本人の理解できる民族間の軋轢でした。

それ以外に大きな火種があることが伝わってくるんだすが、それが何なのかはさっぱり判りません。

調べればウスターシャとかナチスに便乗してとか過去の諍いが見えてくるのですが、そんなことは平成生まれがいま調べるのとさして変わらぬ「知識」にすぎません。

この頃になると「民族浄化」という言葉がニュースで踊りはじめます。

ボスニア・ヘルチツェゴビナで民族浄化がすごいらしい、と。

ほんの数年前にオリンパックが開催されたサラエボが廃墟だとか。

そんなニューースが流れるうちに国連軍が空爆することになったんです。

なんか急に説明を省いているように思われるかもしれませんが、これが体験したままなんです。あー、国連軍がこらしめに出動するんだ、って感じです。

だけど、戦争やめろって空爆しに行くのもヘンだよなーと感じてました。以上。

283: 世界@名無史さん 2011/08/21(日) 02:45:14.24 0
>>272
レスありがとうございます。

古代史に登場する地名というのは、マケドニア共和国のことかな。
「アレキサンダー大王かよ」みたいな。

「民族浄化」といえば、「人道的介入」という言葉が使われたのもボスニアかコソボの紛争が最初らしいですね。

ネットで調べたら明石康という日本人が国連の事務次長だったらしいですが、この人の名前は当時から知れ渡っていましたか?

284: 259 2011/08/21(日) 03:59:00.63 0
>>283
マケドニア、まさにそうですね。現代にその名が復活しようとは。

しかしそれまでもやもやしてたマケドニアのイメージがクリアになったものだ。

人道的介入ってこの頃からなのか。忘却の彼方ですわ。

明石さんの名は新聞、ニュースででまくりだったよ。

それまで国連で日本人が要職についたことってなかったんじゃないかなぁ。

明石さんがどんな政治的信条を持ってるのかなどのつっこんだ情報は報道されてなかったけどね。


これはのちに知られることになったんだけど、ボスニアは世論の同情を集めるようアメリカのコンサルタント会社に依頼したとのこと。

アメリカで選挙でのイメージアップを請け負うコンサル会社に。

で、「エスニック・クレンジング」という言葉を考え出した。

ジェノサイドという言葉を用いるとナチスに迫害されたユダヤ人が「そんなもんじゃねえ、気安く使うな」と反感を買うというのだ。

だからエスニック・クレンジング(民族浄化)。この戦略は大成功だったね。

この話はアメリカのCBSリポートみたいな番組で報道されてました。

キーワードづくり、大切だね。それを請け負う会社まであるんだね。

286: 世界@名無史さん 2011/08/21(日) 06:43:03.88 0
古代史はマケドニアとして、中世史に登場する地名って何だ?

290: 259 2011/08/21(日) 09:20:17.36 0
>>286
セルビアで、近現代史だったね。20年前の印象の世界を供述してるんで勘違いもあります。ご容赦を。

ユーゴ紛、ミロシェビッチを忘れてた。大統領だったかな。民族対立を煽るヤツって印象。

281: 世界@名無史さん 2011/08/21(日) 00:31:11.51 0
冷戦時代の80年代にジョン・ハケット将軍が書いた第三次世界大戦だとユーゴスラヴィアが発火点になるとか書いていて、

フレデリック・フォーサイスの悪魔の選択だとウクライナ独立運動のことが書いてあったけど

あの時代だとあの変の情報が日本ではいまいちよく伝わっていなかっかったところがあって、なかなかぴんと来なかったのだけど

冷戦が終わってから、あの辺のグダグダな情勢が伝わってくると 未来予測としては間違えていたとは思うのだが、情報としては正しかったかなと思う。

284: 259 2011/08/21(日) 03:59:00.63 0
>>281
せっかくユーゴ紛争を予見した情報を得ながら、その周辺の情報が行き渡ってないのでうまくキャッチすることができなかった、と。なるほど、そんなものだよねぇ。

491: 世界@名無史さん 2011/10/14(金) 07:55:22.02 0
話は変わるけど、沖縄は返還されるまではドルが通貨だったし、クルマの通行も右側通行だった。
っていう事実、知ってました?

494: 世界@名無史さん 2011/10/14(金) 13:55:08.82 0
返還前の沖縄と本土の行き来には、パスポートが必要だったね。
小笠原もそうだったんじゃない?

返還前の小笠原の中学校の授業は英語で、卒業後は、大多数がグアムやハワイの高校に進学したそうだ。

まぁ当たり前だろうけど。

496: 世界@名無史さん 2011/10/14(金) 20:29:00.01 0
通行区分といえば、スウェーデンも車は左通行だったのを右に変えたんだよな
沖縄の10年ほど前だったような

497: 世界@名無史さん 2011/10/14(金) 21:34:48.69 0
ポルトガルも右側通行を左に変えた
植民地のマカオは、香港に揃えたのか今も右側通行のまま。

498: 世界@名無史さん 2011/10/14(金) 22:19:49.87 0
昔沖縄の首里高校はアメリカ占領下て甲子園に出場した。

力及ばす敗退した首里高校は、甲子園の砂を持って沖縄に帰る船に乗った。

しかし当時アメリカだった沖縄に砂を持ち込むのは検疫法で認められなかった。彼らは泣きながら砂を海に捨てたという。

また、戦前台湾の嘉義農林は甲子園で旋風を巻き起こした。現在の台湾、日本、中国の三種の人々が組織したチームは爽やかな余韻を日本に与え、作家菊池寛も贔屓になったそうな。

624: 世界@名無史さん 2012/05/28(月) 16:28:44.99 0
約20年くらい前は雑誌が安かった。

687: 忍法帖【Lv=6,xxxP】(2+0:8) 2012/11/21(水) 09:41:28.75 O
伝説的サッカー選手ドラガン・ストイコビッチは、名古屋グランパス在籍時の1999年、NATOによる母国セルビア空爆への抗議として、アシストを決めた後ユニフォームを脱ぎ、

「NATO,STOP STRIKES(NATOは空爆を中止せよ)」と書いたアンダーシャツを見せた。

親日家で、母国での対談番組で日本のタクシー運転手がいかに親切か力説した。

追記:好物は納豆で趣味は盆栽。

698: 世界@名無史さん 2012/12/04(火) 14:52:21.28 0
>>687
ストイコビッチってセルビア人の間で人気があるんですか?

母国が戦争中なのに海外脱出した売国奴との評価もあるようですが・・・

まあ、俺が上から目線で評価できる話じゃないけどね・・・

714: 世界@名無史さん 2012/12/06(木) 11:04:35.71 O
>>698
彼がグランパス在籍中にセルビアに取材に行った人によると人気は絶大だったみたいだよ。
何しろ天才だから。

ストイコビッチが在籍してたので、日本の都市としては「ナゴヤ」が知名度抜群だったらしい(笑)

759: 世界@名無史さん 2013/04/09(火) 13:43:08.87 0
ネットの歴史ってすげえな、82年からコミュニティが存在してたのか

俺からすればもう原始時代の感覚と同じなんだが

その時代のパソコンコミュニティの雰囲気を語れる奴ぐらいいないのか?

761: 世界@名無史さん 2013/04/10(水) 20:33:42.99 0
>>759
1985年ぐらいからPC-VANのSIGによく行ってたよ。BOOKS SIGとか。

オフ会で顔を合わせてそのまま結婚した男女がいたらしい。

760: 世界@名無史さん 2013/04/09(火) 13:49:47.53 0
俺は2004年ごろの空気からしか知らないが、この頃まではまだWEB空間のワクワク感が確かに存在してたな、オカルティックとでもいうのか

鮫島事件とか怖かったがワクワクしたよ、もうこの感覚を味わうことは無いな

763: 世界@名無史さん 2013/04/11(木) 12:07:31.91 0
95年の流行語
96年の大ヒット商品が
インターネット

765: 世界@名無史さん 2013/04/24(水) 10:28:28.33 0
1995年、阪神淡路大震災の時はまだ携帯電話は今ほど一般的ではなかった。
持っている人は持っていた、ぐらいの程度。

しかし、震災を期に携帯電話の契約数が増加していった。

787: 世界@名無史さん 2013/05/24(金) 06:41:26.75 0
>>765
当初、携帯電話は値段から考えて企業の偉い人たちが顧客になると考えられていた。

蓋を開けてみると、もちろんそういう人たちも顧客となっていったけど、外歩きの営業部員が当初の圧倒的な顧客層だった。

会社所有となるため値段の問題は営業部員にとっては負担ではなかったのだ!

792: 世界@名無史さん 2013/05/30(木) 20:06:53.71 0
>>787

携帯電話くらいからかなぁ

昭和の間は新しい製品・サービスが普及する時は定番といえるコースがあって

まずは軍用→業務用→一般人の流れだったけど 携帯電話は正直いきなり女子高生から広がったイメージがあるww

まあ女子高生は大げさにしても、外回りの営業は比較的携帯電話を歓迎していなかったような気がする。

793: 世界@名無史さん 2013/05/30(木) 20:13:40.78 0
>>792
おっさんだが、最後までPHSと携帯電話の違いが分からなかった。

788: 世界@名無史さん 2013/05/24(金) 22:24:03.24 O
初期のケータイって、自動車電話の通信ユニットまんまで、自動車電話自体がシャチョーサンのステータスシンボルだったからね

戦争映画の通信兵ほどではないけど、携帯するにはかさばる代物だった

まあ、身内での通信だけなら
ハム仲間やトラック野郎がアマチュア無線やってたけど

800: 世界@名無史さん 2013/06/01(土) 01:34:57.00 O
とりあえずこのスレを見て、2ちゃんねらーの平均年齢は意外と高い事が判った。

僕が覚えているのは、旧ソ連崩壊の過程で共産党幹部が巻き返しクーデタ(未遂)を起こした時、記者会見の席で首謀者の1人の手が震えていた事。

その時僕は夏休みで軽井沢にいた。

329: 麻布第三連隊が 2011/08/25(木) 11:01:57.77 0
今の高二ぐらいの人が幼稚園の小さい組だったのは1999年ごろか。 

小渕さんが総理だったころだな。だから、昭和末期-平成初頭の″バブル″の時代の日本の経済力を知らんのは、当然だ。

最盛期、日本のG.D.P.の世界G.D.P.に占めるシェアは、17%を超えた。 



で、変な例えだが、日本史ヲタの間では、知らぬ者の無い有名な数字があり、

「慶長3年・全国総石高、1851万石」と言うのだが、豊臣秀吉の晩年のころの日本全国の米の総収穫料だな。

それが、1851万石だった。

でね、当時は、米の収穫が今のG.D.P.だった。 

天下人秀吉の領地が200万石、これは、200÷1851=10.8%の全国シェア。

秘かに天下を狙う、次の時代の大本命が、徳川で255万石。255÷1851=0.137の全国シェア。

西国の毛利が120万石。シェア、0.064。 
奥羽の上杉も120万石の収入。シェアは、0.064。 


だからね、平成初頭の日本のG.D.P.世界シェア17%強ってのは、慶長年間、関ヶ原の合戦前夜に於ける、天下の覇権争奪ゲームでは、1851X0.17=314万石の超絶大大名 と同じ意味を地球規模の国際政治に 
及ぼせる国力だったんだ。

255万石の徳川でも天下を獲れた。豊臣に至っては200万石だった。

時系列は遡るが、信長が、上洛して、天下統一戦を始めた時の領地は、尾張、美濃、伊勢、同盟者家康の三河を入れてもせいぜい、200万石強。

1990年の日本の17%、314万石の持つ意味の凄まじさ、わかるよね。

日本は、その経済力で地球に「日本幕府」を開くつもりか?と一部の欧州人から疑われていた。 


冷戦終結後、グローバリズムの理論を内外で宣布した真の理由は、日本と言う超絶大大名、ギガ戦国大名をアングロサクソンと言う、別のギガ戦国大名が、制肘する切実な必要性があったからなんだ。 

「平成」ってそう言う背景を持って始まった年号なんだよ。

331: 世界@名無史さん 2011/08/25(木) 13:03:25.22 0
資料があったので。 

▼1993年の一人当たりGNP、単位は米ドル 

リヒテンシュタイン42500、スイス36410、ルクセンブルグ35850、日本31450、モナコ30000、 
デンマーク26510、ノルウェー26340、スウェーデン24830、米国24750、アイスランド23620 
ドイツ23560、クウェート23350、オーストリア23120、UAE22470、ベルギー21210 
フランス22360、サンマリノ21500、オランダ20710、カナダ20670、香港19860 
イタリア19620、シンガポール19130、フィンランド18970、英国17970、豪州17510

332: 331 2011/08/25(木) 13:09:02.12 0
▼1984~85年頃の一人当たりGNP、単位は米ドル 

UAE23000、ブルネイ20000、カタール16000、クウェート15951、リヒテンシュタイン15800 
米国14836、スイス13481、サウジアラビア13400、ルクセンブルグ11800、ノルウェー11784 
カナダ11502、モナコ11000、ナウル11000、スウェーデン9787、デンマーク9713、 
日本9530、西ドイツ8949、豪州8861、フィンランド8757、アイスランド8728、 
東ドイツ8000、フランス7787、オーストリア7714、オランダ7709、香港7700

333: 世界@名無史さん 2011/08/25(木) 14:16:08.99 0
その強い経済力を国際的な発言力に生かせてないっていうのが当時の国民の不満だったんだよね。 

経済力しか持ってない日本が経済力を失ったらどうなるんだ?って不安もあった。 

今となってみるとさほど悲観するほど発言力がないわけでもないしべつに発言力があったらどうだとか気にもしなくなった。 

当時の機運は新興国にありがちな気負いで、いまは成熟してるんじゃないかな。

引用元: ・平成生まれは知らない世界の現代史