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よくテレビアニメとかで原始人の使っている巨大な石のお金がありますが、持ち運びのできる大きさではなく、使い道が長年疑問に思っていたので調べてみました。
(「こんなもの使うなら、物々交換で良いじゃん。」と子供ながらに思っていましたw)



石貨が使われていたミクロネシア・ヤップ島


さて、この大きい石のお金「石貨」が使われていたのはミクロネシアのヤップ島です。

ミクロネシア連邦の西端に位置し、ヤップ州の州都があります。

1525年にインドネシアを目指していたポルトガルの探検隊がヤップ島を含むカロリン諸島を「発見」して以降、大航海時代には後悔の中継地点となり、1595年にスペイン領となりました。
その後米西戦争で国力が疲弊したスペインがドイツに売却し、第一次世界大戦までドイツ領に。
 
第一次世界大戦以降は日本の占領下となり、 太平洋戦争中では陸海軍の基地となっていた歴史を持ちます。



異次元すぎる「石貨」の使い方!


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そもそもこの石貨、大きいものになると直径3m、重さ5tにものぼり、簡単に運べるような代物ではありません。
一応、真ん中に穴の空いている理由は丸太を通して担げるようにするためのようですが・・・。


・取引で所有権のみが移動する石貨
石のお金とは言いますが、日常の取引ではめったに使われていなかったようで、冠婚葬祭等の儀式や謝罪や頼み事をする時に使われていました。

あまりに大きいため、持ち運ぶということはせず、石貨はその場所に放置して所有権のみを譲渡していたようです。

・石貨の価値は、ストーリーで決まる!
この石貨の原材料となる石はヤップ島には存在せず、約500km離れたパラオから切り出して運んできます。

ヤップ人はカヌーに乗ってパラオ島まで行き、パラオ人と交渉し石を切り出すための許可をもらい、石斧で何ヶ月もかけて石を切り出し、ヤップ島へ持ち帰っていました。
その航海や作る過程で、いかに苦労をしたかで石貨の価値は高まります。

極端な例だと、運んでいる途中、船が難破し石貨自体が海底へ沈んでしまったものすらも、それをお金として認めたケースもあるようです。


石貨にまつわるおもしろい逸話


ドイツ領の時代、しっかりとした道路のなかったヤップ島では、ドイツ人指揮官がヤップ人に道路の補修作業を命令しました。

しかし、その作業をめんどくさがったヤップ人たちはなかなか作業をせず、しびれを切らしたドイツ当局はいくつかの価値の高い石貨に「ドイツ当局は島民間での石貨の所有権移転の経緯を否定する」(具体的に述べれば×印)と、黒ペンキで石貨上に書いたところ、すぐに作業にとりかかったそうです。

作業完了後にドイツ監査官はペンキで書いた印を消し、ヤップ人は無事に石貨を取り戻せたとのこと。


日比谷公園にある石貨


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現在はヤップ島から持ち出しが禁止されている石貨ですが、なんと東京の日比谷公園で見ることができます。

この石貨は1925年にヤップ島から寄贈されたものだそうです。保管場所が関係なく所有権が譲渡されるだけなのなら、この石貨も日本政府が使おうと思えば使えるのでしょうかね・・・。


▼参考
wikipedia
南極の石、石貨… 日比谷公園で珍品探し